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わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために

『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』



 

今日はフライヤーの久保さんをゲストに、公開読書会の振り返りです。
読書会では、著者であるドミニク・チェンさんを迎え、『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』をベースに対話しました。
目的からずれてしまう「水漏れ」を歓迎しようというドミニクさんからのメッセージ。
過度な計画主義に陥るのではなく、共話のようにどんどん話が展開していく、その流れを楽しもうという語りを振り返ります。



今日は『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』から、伊藤亜紗さんの論考をお届けします。
若年性アルツハイマーとなってしまったトップセールスの丹野さん。
しかし、顔も名前も覚えられないことは、個人や組織に必ずしもマイナスの影響を与えなかった…。
ここから、「能力のネットワーク化」「能力の欠如によるダイナミズム」について考察しました。
 

今日は再び『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』。
その中から岡田美智男さんの「弱いロボットの可能性」という論考をお届けします。
僕らはテクノロジーに完璧さなんて求めてなくて、ちょっと舌を打ちながら「仕方ねーなー」と言って、
手を入れているくらいが幸せなのかもしれない。
そんなテクノロジーと人間の共生のあり方を考えてみました。
 

今日は『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』最終回。
今回は能楽師の安田登さんの論考から、「ない」ことによる可能性について考えます。
そこにあれば、あるものが限界になってしまう。
しかし、なければ、想像力によって無限の「ある」が確立される。 脳内ARを駆動させることによる無限性。
それは能の舞台からも強く感じることができます。
そして、この「ない」から「ある」の転換こそが、ウェルビーイングになるのでは…?
という話です。