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小説

『炎熱商人』を読んで、商社マンを志した日のことを思い出す

炎熱商人(上)

『炎熱商人』は、僕の人生に影響を与えた一冊なのですが、そのことをVoicyでちらっと語ったところ、もう少し話してほしいとリクエストをいただきました。
そこで、ちょっと「炎熱商人」と検索をしてみたところ、なんだか見覚えのある文章がヒット。
あれ、これ僕が書いた文章じゃね・・・?
そうなのです。2008年なので11年前に書いた文章が、まだインターネッツの片隅に残っていたのでした。
ナツい!
ということで、以下そのまま当時の文章をコピペでお届けします。

***

先日、インドのムンバイにて、非常に痛ましい事件がありました。
中でも、日本のビジネスパーソンが殺害されたことは、それほど危険ではないと考えられていたインドだけに、大きな衝撃を与えたことと思います。
そして、このような事件を聞くたびに、必ず思い出す本があります。
それは、深田祐介氏の「炎熱商人」。
昭和46年にマニラで実際に起きた商社駐在員の殺害事件を元に書かれた直木賞受賞作品です。
私がこの本を手に取ったのは、いつだったのか、もはや記憶が定かではありません。
おそらく高校時代、もしくは大学時代だったかもしれません。
しかし、内容に関する鮮烈な印象は、いつまでも色褪せることなく残り続けています。
あまり意識はしなかったですが、私が就職先として商社を志望したことも、この本による潜在的な影響があるのではないかと思っています。
(ちなみに、この書籍の題材になったのは、奇しくも私の出身である住友商事であります。)



さて、ではこの書籍のストーリーを簡単にご紹介しましょう。
時は実話と同様、昭和45年から46年にかけてのこと。
中堅商社である鴻田貿易のマニラ事務所は、日本の高度成長に伴う建築ラッシュを受け、マニラから大量のラワン材を輸入しようと企画します。

しかし、当時のフィリピンは、いまだに日本に対する戦争の記憶が色濃く残る時期。
その中での商売に四苦八苦しながらも、人格者であるマニラ事務所長である小寺の人間力により、数々の問題を打開していきます。
ところが、真のマニラ事務所にとっての相手は、現地の木材業者ではなく、鴻田貿易本社木材部でした。
現地でのヤクザまがいの相手に銃を突きつけられながらも、相手の立場、そしてフィリピンという国を思いやりながら交渉をしていく小寺に対して、本社はその苦労を無にするような要求を突きつけてきます。
本社と現地での板ばさみになりながらも、何とか打開策を探る小寺。
しかし、その先に悲しい結末が待っていた・・・、というストーリーです。

この小説の大きな特徴は、上記の商社マンのストーリーの裏側で、時計の針を25年ほど巻き戻した時点、すなわちフィリピン決戦での日本軍のストーリーが同時並行で流れている、ということです。
この小説には、マニラ事務所にいる「フランク」という名前の現地スタッフがいます。
彼は、フィリピン人と日本人のハーフなのですが、少年時代は通訳として日本軍に従軍する過程で日本人を見つめ続け、そして25年後には鴻田貿易マニラ事務所の現地スタッフとして、日本人の姿を見つめていきます。

そして、彼の視点から、当時の日本人がどうだったのか、そして現代の日本人はどう変わったのか、という問いを投げかけてくるのです。

その中で筆者がわれわれに訴えかけることは、何だったのか。

それは、「われわれ日本人は、本当に進化し続けている存在なのだろうか?」ということです。
おそらく、多くの人たちは、われわれは過去の反省の元に成長している、と思っているのではないかと思います。
私自身も少なからずそのように信じています。

しかし、この小説では、それを根本から否定します。

この小説では、幾度となく、本社の傲慢とも取れる姿勢、そして現地の感情を無視した施策が出てきます。
でも、それは同時に、決して現地側を傷つけようという意図のもとで行われたものではなく、どこかで理不尽さと良心の呵責を感じつつも、本社の中での合理的なロジックとして考えられたことの結論でもあります。
私自身、本社の立場であれば、そういう意思決定をしていたかもしれない。
想像力を働かせれば、そんなようにも思えてしまう。

そんな中で、現地スタッフのフランクは、こんな台詞を述べます。

現在の日本の商社のやり方を見ていると、ときどき、戦争中の軍隊と変わらんじゃないか、と思うときがありますね。
今度のアグサン木材に対するファイナンスの件だって、結局、現地は現地で勝手にせい、そう本社が言っているわけでしょう。
現地で必要な金は、現地で集めろ、俺たちは知らんよという発想ですね


それに対して、本社から派遣されているスタッフは、不快そうにこう答えます。

戦争中の日本人と戦後のわれわれを一緒にされちゃ、かなわんな。
戦後の日本人はね、フランク、あんたが戦時中、付き合ってきた百姓あがりの連中とは、まるで違う人種なんだ。
ちゃんと高等教育を受けた、常識のある新種の日本人なんですよ。敗戦が日本人を根底から変えたんだよ」


そうかな、あんたに似た日本人は、戦時中にもずいぶんいたよ、とフランクは思い、しかし、口に出す代わりに薄笑いを浮かべた。


こんな描写を通じて、筆者は、本質的に進化していくことの難しさを訴えかけてきます。
われわれが持つ個々人の倫理観など、組織の慣性に簡単に押し流されてしまう、そんな弱く存在のではないかと・・・。
物事を自分の都合のよいように勝手に解釈して、それを「ロジック」という名の下に相手に押し付けていく、そんなずる賢い存在なのではないかと・・・。

しかし、同時に、戦時中でも、そしてこの現代においても、自分の倫理観を貫こう、自分に正直であろう、とあがく人物もいます。
その一人が、マニラ事務所長の小寺です。

小寺は、本社の高圧的な姿勢と現地の業者の狭間に立たされたとき、フランクに対してこのような言葉を述べます。

おまえにはまだわかるまいが、美しい日本人として生きる、というのは難しいことだな。

美しい日本人。筆者はここに対する詳しい説明をせぬままストーリーを先に進め、大きな問いを読者に残していきます。

いったい美しい日本人とは何なのだろうか?
そして、そういう存在にわれわれはなれるのだろうか。近づいているのだろうか。

そんな問いを残しつつ、小寺は「美しい日本人」としての短い人生を全うしていきます。

この小説からは、その問いに対するヒントをうかがい知ることはできません。
すべては読者にゆだねられています。

そして・・・、この小説が書かれてからすでに25年が経過しようとしています。
まさに、戦争からこの舞台とのインターバルと同期間が経過したことになります。
われわれ日本人は、これらの2つの時代から、さらに今の自分自身が進化しているのかを問いかける時期なのかもしれません。

是非この年末年始に手にとってみてください。
巷にあふれる安直な自己啓発書、ノウハウ本などは置いておいて、年末年始だからこそ、深い問いに向き合ってみることをお薦めしたいと思います。

余談1:
本小説の最後のクライマックスのシーンは、そのシーンにインスパイアされた弘兼憲史が、『課長 島耕作(12)』での1シーン(STEP115:AMEN)で似たような場面を再現しています(本人談)。
その他にも、多くの人がこの場面から影響を受けているとか。
私もこの最後のシーンは、小説ながら不思議と映画の1シーンのように映像として脳裏に焼きついています。

余談2:
この炎熱商人以外にも、商社マンの生き様を描いた商人シリーズとして、北王子さん誘拐事件のことを書いた『暗闇商人』、チリでの革命での商社マンを描いた『革命商人』、インドネシア時代のデヴィ夫人のことを描いた『神鷲(ガルーダ)商人』があります。もちろん全巻読破。どれも読みごたえがあります。