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チッソは私であった

チッソは私であった: 水俣病の思想 (河出文庫)




今日からは『チッソは私であった』。
水俣病を引き起こした会社であり、自分の親を殺した仇でもあるチッソ。
それが「私であった」という言葉はどういう意味なのか。
この世の中のシステムに対する深い気づきが書かれています。




『チッソは私であった』2日目。
私たちが生きることに罪の意識を覚えなくなったのは、「分業」と「値付け」にあるのではないか、という考察。
魚も一匹丸ごとではなく、切身で値付けされていると、「命」ではなく「商品」になってしまう。