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映画・書籍レビュー

『動物農場』を読んで、集団の危険性を考えよう

動物農場

かの『一九八四年』で有名なジョージ・オーウェルが、1945年に刊行した作品。

動物を擬人化した寓話なんですが、このストーリー、いろいろ考えさせられます。
農場の主人である人間を追い出した動物たちが、平和的な農園経営をしようと努力するのですが、知性の高い豚が主導権を握り始め、やがて恐怖政治に至る、というシナリオ。
この話のモデルはソ連であり、主役の狡猾な豚はスターリンだったようですが、擬人化された動物の話なので、ストーリーそのものには特定の色が付いていません。
なので、いろいろな国や企業、組織にこの話を当てはめて考えやすい、というのがポイントです。



もちろん、どこか特定の国や組織を第三者的に批判して考える、ということもできるでしょう。
ただ、そうやって批判している当人も、一旦権力を握ればこの豚のように恐怖政治を行うかもしれない、というのがこのストーリーのポイントなのです。
つまり、人間が集団をマネジメントする以上、こういう権力の腐敗と堕落の危険性はどこにでもある、ということを理解しなくてはなりません。

ひとつ、このシナリオの中でオーウェルが示唆的に入れているエピソードがあります。
それは、人間の支配を崩した後の、リーダーの豚の行動。
搾乳されたばかりの牛乳を動物への断りもなく陰で勝手に飲んでしまうのです。

この行動は、ほんの些細なことではありますが、誰のものでもない牛乳を飲んでしまう、という明らかなルール違反。
しかし、この些細なルール違反によって「皆をごまかすことができる」と豚自身が気づいてしまったことが、その後の恐怖政治に繋がっていくのです。
牛乳こそが恐怖政治の扉だったわけですね。

自分たちが忌み嫌うものを打倒し、そして理想の組織体制を自分たちの手で作る。
しかし、ほんの些細なルール違反により、新たな権力は腐敗し、自分たちがかつて忌み嫌っていたものになっていく。
そして、その体制はやがて、理想を掲げる別の集団によって打ち破られる。

そう考えると、なんか切ない・・・。

ストーリーの中で、唯一のインテリのロバがこんなセリフを言います。

空腹と、辛苦と、失望、これが、いつも変わらぬこの世の定めなのだ

このようなジョージ・オーウェルの世界観が繰り返さないように、私たちは何ができるのかを考えなくてはなりません。
少なくとも、組織の上に立つ人は、この本を「我が組織のこと」として読んでみるべきだと強く思います。